プロデューサーやディレクターになりたい!(AD編②)

テレビ業界の仕事って、寝られなくて帰れなくて・・・

そんなイメージを裏切ることなく、このご時世でもブラックと言い切れるお仕事が「AD」(アシスタントディレクター)です。私も、転職してすぐにまずはADとして番組に放り込まれました。

 

テレビ局ADの実態。勤務環境最悪。

多少は覚悟していましたが、予想以上に勤務時間が長い。10時くらいから出勤し、帰れず次の日を迎え、会社に居っぱなしでやっと終電に乗り帰宅・・・そして次の日も休みなく出社。

局や番組によるところはかなり大きいのですが、私が初めに担当した番組は、収録や打合せの曜日が固定ではなく、どの日が忙しいのか予測ができなかった。(その後に担当した番組は、収録○曜、1段階目の編集が○曜、編集所で作業が○曜、放送○曜、という風に決まっていたレギュラー番組だったので、早く帰れる日や休める日もある程度決まっていたのですが・・・)だからもう、だらだらと「いるだけ」の時間も正直ありました。

スキをみて食事もしなきゃだし、ゆっくり食べられないし、会議準備、リサーチ、素材VTR集め、各所に連絡・・・などなど忙しくて気付いたら17時まで何も食べてなかった、なんてザラでした。

高校生くらいから体重に変化はないタイプだったのですが、不規則で粗悪な食生活、睡眠不足、ストレス、で、この時期、人生最大級に太りましたw

 

ADってなんでそんなに勤務時間長いの?

単にやることが多いというのもあるのですが、まず「自分で勤務時間をコントロールできない」し、「誰も管理しようとしてくれない」というのがツラかった。担当ディレクターの気分で、仕事したいときにしだすから、いつ何を言われてもいいように常に仕事のできる状況でいないといけなかった。次の日が朝6時からロケだったとしても、上の人が「夜中の3時からVTRチェックする」といえばそれにも出なければいけないし、そんなスケジュールで寝られるはずもなかった。

なぜ誰も助けてくれないのかというと「自分たちの時代はもっと大変だった」「今どきの子は我慢ができなさすぎる」という考えの、狭い世界でしか生きてこなかった大人が多すぎるからじゃないかと。これは本当に問題です。

 

無断欠勤のままいなくなるAD多発

ロケに行ったら行ったで「そんなの知らないよぉ~頼まれてないよぉ~(心の声)」みたいなことで気性の荒いディレクターに怒鳴られっぱなし。睡眠不足で疲弊した体に、精神的苦痛。「次の休みがいつなのかわからない」って、予想以上にしんどいんですよね。シフトですべて厳しく管理されていた前職をスゴいなぁ~と思ったり。まぁそれが普通なんですけどね。

正直、「どう考えても非常識なこと」が「常識」としてまかり通っている変な業界なのです。

入ってすぐに辞めたい、と言って辞める人もいれば、頑張ってるなと思ってもある日突然こつぜんと消えてしまう人がいたり・・・。なので常に制作ADは不足。なんとなく華やかな世界なので興味を持つ人は多いのかとりあえず代わりが来て、また辞めていき・・・の繰り返し。人の入れ替わりが激しいです。

夢があるけど、花開くには運と実力と「強い気持ち」が必要

 

そんな環境で耐えて、いろいろなことを勉強して、認められて、やっとディレクターやプロデューサーへの道を歩みます。ここで成功してやる、ここでやりたいことがある、と強い気持ちを持って日々を過ごせば、一般企業とは全く違った様々な経験ができるんだと思います。

 

これからはADも働きやすくなる!?

「電通の女性社員過労死問題」をきっかけに、テレビ業界も変わろうとしています。具体的には、「ADに最低でも月5日の休日を」というものです。(まだまだ少ないけどね!)

もっと働きやすく、作り手側も満足して仕事をしていける日がくるかもしれません。

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